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世界のどこかで青空教室

2016年4月スタート‼元中学校教師による世界放浪記。人生一回きり!やりたいことやらないと♪

歴史が教えてくれること。〜キリングフィールド訪問〜〈カンボジア②〉

カンボジア

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シェムリアップを後にして、夜行バスでカンボジアの首都であるプノンペンへとやってきました。

 

目的はただ一つ。

 

 

キリングフィールドを訪問すること。

 

 

キリングフィールドとは、

 

ポルポト政権下のカンボジアで大量虐殺が行われた刑場の跡地

 

のことです。

 

カンボジア全土にキリングフィールドは存在していますが、このプノンペンにあるキリングフィールド(チュンエク大量虐殺慰霊地)が最も有名で、近くにあるトゥール・スレン収容所とともに負の遺産として多くの人々が訪れています。

 

 

 

そもそも、当時のカンボジアで何が起こっていたのでしょうか?

 

この当時の世界情勢は冷戦の真っ只中。

そしてお隣では泥沼化するベトナム戦争。

こういった状況に翻弄され、カンボジア国内でも内紛が起こっていきます。

そんな中、1975年にポルポトが率いる「クメールルージュ」がプノンペンを制圧し、内戦に終止符を打ったのです。

 

これがカンボジア史上最大の悪夢の始まりでした。

 

どういうことかと言いますと、ポルポトの思想は原始共産主義と呼ばれるものです。

 

これがすごい思想でして・・・ 

 

簡単に言うと・・・

 

昔々はさぁ、縄文時代とか?階級とか格差なんて存在していなかったじゃない?

みんなで毎日狩りして、山菜採って、魚釣りして、

みんな平等で、最高に楽しい世の中やないか!!

それ、作っちゃいましょうか(^o^)/

 

といった感じです。

 

そしてポルポトは新しい国づくりを始めます。

 

 

はいじゃあみなさーん!

今から縄文時代に戻るんで、会社も学校も病院も警察も工場も宗教施設も娯楽施設もぜーんぶ要らないね!閉鎖!

今すぐみんな農村に行ってとりあえず農業して食糧つくってね!自給自足しないといけないから!

えっ?家族がバラバラになっちゃう?

えっ?内戦でまともにご飯食べてない自分たちにはそんな余力ない?

えっ?急に農業しろって言われてもやったことないから無理?

えっ?病気だから働けない?妊娠していて動けない?

えっ?自分は宗教的な問題がある?自分の信条がある?

 

いやいや、僕に逆らったら殺すけど?

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だって理想の国を作るんだからそんなワガママ言われたら困るよぉ〜。

あっ、あとちなみに朝から晩まで働かなくても殺すから!

毎日10時間以上、ご飯は1日2回でおかゆだけね!

まぁその中でいっぱい死ぬ人も出てくるだろうけど、頑張ろうね!

新しい国づくりのためにさ!

 

あっ・・・そうそう。

あとねー、知識人はみんな処刑しとかないと!

だって、頭良い奴いたら格差の原因になるし、無駄なこと考えて反乱とか起こして面倒だもん。

 

てことで・・・

 

ポルポト「医者、教師、技術者、法律家、何らかの専門職にあった人々は一回都市に集まってください!理想の国づくりに君たちの力を貸して欲しい!君たちは農村で農作業している場合じゃない!」

 

って呼んでおいて、全員収容所に連れて行き、そこからこのキリングフィールドに運ばれて処刑するということを繰り返しました。

 

この知識人の処刑に関しては次第に激化していき・・・

 

 

あっ、お前外国語話せるの?

 

さては知識人だな!?はい、処刑ね。

 

 

 

あっ、お前ラジオ持ってるの?

 

さては知識人だな!はい、処刑ね。

 

 

 

あっ、お前の手柔らかいな?

 

さては知識人だな!はい、処刑ね。

 

 

 

あっ、お前メガネかけてるの?

 

さては知識人だな!はい、処刑ね。

 

 

そりゃないでしょうよポルポトさん・・・

 

 

そして人々は収容所の中で嘘の供述所を書かされるのです。

国家に逆らった、求められた仕事を行わなかった、自分はCIAのスパイだった・・・

あらゆる嘘をつかされ、そして処刑されるというわけです。

 

もちろん、知識人だけでなくあらゆる言いがかりで殺された人々もたくさん居ます。

ポルポトは言ったそうです。

 

「罪の無い人間を誤って殺すことは、敵を誤って殺し損ねるより、ましである。」

 

結果、カンボジア人のポルポト率いるクメールルージュが、何の罪もない同じカンボジア人たちを次々と虐殺していったのです。

 

わずか3年と8ヶ月の間に推定300万人ものカンボジア人が命を落としたと言われています。

当時のカンボジアの全人口の約3分の1です。※犠牲者の数は諸説あります。

 

 

信じられますか?

 

これは映画でもドラマでもない、確かな現実なんです。

しかもたった40年ほど前の話。

 

 

今回の世界一周で必ず行きたかった場所の1つがこのキリングフィールド。

結論から言うと本当に行って良かったです。

やっぱり教科書やインターネットで「知った」だけでは圧倒的に足りない何かがありました。

それは実際の現場に足を運んでこそ分かる、「真実の重み」。

今の時代はメディアが発達し、家の中に居ても様々な情報がバンバン手に入ります。

だからこそ、「分かったような気になっている」ことが増えてしまっている気がします。

もちろん「知ること」は全ての始まりであり、重要なことです。

でも、せっかく知ったのなら、実際に足を運び、行動を起こし、そしてすべての五感を動員して「感じる」ことが何より大切だと思うんです。

 

ということで今回は、この場所で僕が実際に見たもの、聞いたもの、感じたことを出来る限り伝えていきます。

 

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チケットは6ドル。

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そしてチケットと同時に音声ガイドを貸してもらえます。

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日本語対応なので助かります。

この音声ガイドの番号に従って進んでいく形です。

 

 

 

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このプノンペンにあるキリングフィールドに送られてくる人々の多くは近くにあるトゥール・スレン収容所にいる人たち。もちろん何の罪も無い人々が大勢です。そして見張り役はトラブルが起きないように「新しい住む場所に行くのだ」と言い聞かせ、人々をトラックに押し込みました。

トラックに乗った人々は知らなかったのです。

自分たちは「処刑させられる」ために移動しているのだということを。
1978年の最後の方になると1日300人もの人々が輸送され、そして殺されました。

 

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ここにかつてあった小屋には、農業用具や建設工事に使う道具が保管されていました。
しかし、それらの道具はここでは人を殺す道具。

キリングフィールドの処刑では銃殺は行われませんでした。
銃弾が高すぎて使えなかったためです。
処刑される人は墓穴の淵にひざまずき、執行人たちはナタ、ハンマー、カマ、斧など安くて身近にあるものを手当たり次第に使って殴り、斬りつけて、殺害したのです。

 

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知識人は捕まり、基本的に国民は農作業を強制的にさせられる。

では、誰がクメールルージュの兵士であり、中心であったのか?

多くは基本的に少年兵だったと言われています。

子どもは無垢で純粋なため洗脳しやすく、猜疑心の強いポルポトにとって使いやすいからです。

その結果驚くべきことにポルポトから解放されたときのカンボジアの人口比率は80%以上が14歳以下だったという話もあるほど。
確かにカンボジアを旅して思っていたことですが、他の国に比べて圧倒的に高齢者を見る確率が低かったです。

いや、むしろ見ていないかもしれません。

こういった部分がカンボジアの経済成長を妨げてきた要因の一つなのでしょう。

 

 

 

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ここにかつて建っていた小屋には有毒なDDTなどの殺虫剤がたくさんあったそうです。

クメールルージュはDDTを食べ物に混ぜたりしていました。

人は飢餓状態に陥ると、何でも食べてしまう。

だから、DDTが入っていることを知っていたとしても食べてしまうのです。

そして中毒になって苦しんでいるところで、墓穴に放り込み、その上からDDTをかけられ、息の根を止めるわけです。

DDTの匂いは犠牲者の腐臭を紛らわせ、殺虫剤としてDDTを使用していた近くの農業者にも怪しまれなかったということです。

カモフラージュのメリットがあったということですね。

 

他にも、当時のキリングフィールドは壁に囲まれていて内部に何があり、そして何が行われているのかは周囲の人々にはわからないようにしていました。

また、外部に情報が漏れることのないように一人ひとり処刑の直前に丁寧に書類で照合作業をして、取りこぼしがないようにしていたとのことです。

 

そして、

 

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この木はマジックツリーと呼ばれていました。この木の枝に吊るされたスピーカーで革命歌が常に大音量で流され、処刑される人の叫び声、うめき声をかき消す魔法の木だからです。

周囲の農民はクメールルージュの集会が開かれているものだと思い込んでいたようです。

 

 

また、

 

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サトウヤシの木がカンボジアにはいっぱいあります。

この木をよく見るとギザギザがあるのが分かるでしょうか?

 

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これは昔鶏を殺す時に使っていました。

しかし、このキリングフィールドでは人間の喉を掻っ切るのに使われたのです。

そう、喉を掻き切られると、人は叫べないわけです。

 

このようにクメールルージュは隠蔽工作をずっと行っていました。

そのため周囲に住む人間も、まさかそんな残虐なことをここで実施しているなんて夢にも思っていません。

 


さらにポルポトはタイやベトナムとの国境に地雷を仕掛けまくって鎖国状態を作り上げます。

カンボジアの地雷埋設率の高さはここに起因しています。

結果、世界は終盤になって敗走してジャングルで立て直しを図るクメールルージュを支援し、国連の代表権もクメールルージュ側に与えていたのでした。
 

 

 

 

 

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これは450人もの方の遺体が発見された墓穴があった場所です。

このキリングフィールドには24ヘクタールの面積に129もの大量墓地が発見されたのです。

そこには2万人近くの犠牲者の遺体が埋められていました。

 

 

キリングフィールド内を歩いているとボコボコしている場所がいくつも見られます。

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これが墓穴の跡です。 
時とともに雨で泥が流れ込み浅くなっているものもありますが、かつては5mもの深い穴があり、そこに多くの人々が投げ込まれていたのです。

そしてこれらの場所にはまだまだ遺骨が地中に埋まっていて、雨季には泥が流されて出てくるのです。

 

 

実際に僕も歩きながら地面に目を落とすと、衣服の一部や人骨が発見できました。

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そして今回僕が最も印象に残ったのがこの場所。

 

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この右に見える墓穴は女性や子どもの墓穴でその数は100人以上に上ります。

この穴に捨てられた女性は処刑の前に衣服を脱がされ暴行される。

さらに何と・・・

乳児や幼い子どもたちも容赦なく殺されていたのです。

しかも母親の眼の前で。

上の写真の左に見えるのがキリングツリーです。

兵士は赤ん坊の両足をつかみ、頭を木の幹に思い切り叩きつけるのです。

そしてそのまま墓穴の中に放り込んだ。

実際にじっくり見てみると血のシミのようなものが見えました。

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なぜ赤ん坊まで殺さなくてはならなかったのか?しかもこんな残忍な方法で。
それは、一家の誰かが殺されるとその家族も殺されるという話でした。

生かしておくと後に復讐する可能性があるためです。

 

「雑草を取り除くなら根こそぎ。」

 

これはクメールルージュのスローガンでした。

 

 

苦しかった。

本当に心臓が張り裂けそうだった。

もちろん、命の重さに違いなんて無い。

だけど、これから未来を生きていく、

これから人生が始まろうとしている、

そんな希望に満ちた子どもたちを母親の前で殺すなんて・・・。

 

言葉が出なかった。

 
人間ってそんなになっちゃうの?


何の躊躇もなくそんな風にできちゃうの?

 

 

 

恐ろしくなりました。

 

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これは中央に位置する慰霊塔。

中には頭蓋骨などの遺骨が安置されています。

 

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そして、音声ガイドには、人々の証言も記録されていました。

 

強制労働によって息子を亡くし、今でも忘れることができない母親の証言。

 

バナナを盗んだと濡れ衣を着せられて殺された女性を目の当たりにした男性の証言。

 

性的暴行を加えられ、その後差別を受け故郷を捨てなければならなかった女性の証言。

  

10代でクメールルージュに強制徴用され、意に反して死刑執行人をやらされた男性の証言。 

 

クメールルージュに捕らえられ、嘘の供述の強要や拷問に苦しむ日々。しかし、隣室の老人が「未来ある若者のために」と、その命と引き換えに助けてくれたという男性の証言。

 

現在のキリングフィールドは緑豊かで、小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる、非常にのどかな場所になっています。

そんなのどかな景色、雰囲気、爽やかな風と音に包まれながら、ベンチに座ってその証言を聞いていました。 

 

被害にあった方々の悲痛な叫び。

 

苦しかっただろうな。

 

悲しかっただろうな。

 

辛かっただろうな。

 

途中から涙が止まらなくなりました。

 

これは決して空想の物語ではない。

 

彼らは過去の人ではないんです。

 

今、この瞬間も確かに生きていて、そしてその過去に苦しめられているんです。

 

戦争、紛争、虐殺。

 

終結したらその瞬間、はい終わり全てhappy!!何て簡単に変わるわけではない。

 

苦しい経験をした人たちの心の傷は一生癒えることはない。

 

 

なんで人間はこんなに酷いことをしてしまうのだろう?

 

虐殺があったのはカンボジアだけじゃない。

世界中を見渡せばたくさんの場所で起こっている。

 

 

  

多分、いつのまにか忘れちゃうんだろうな。

 

 

優しさとか、思いやりとか、絆とか、

 

 

そういう大切なものを。

 


心を強く持たないと。

 


時代が変わっても、

 


世界が変わっても、

 


環境が変わっても、

 


世界中のどこで何をしていても、

 


笑顔を運べる人になろう。

 


悲しみに寄り添える人になろう。

 


「思いやり」を忘れずに。

 

 

全ての人がこれさえ忘れなければ、絶対にこんなことは起こらない。

 

 

常に心を強く持って、自分の信念をもって、学ぶ姿勢を忘れずに。

 

 

カンボジアの悲劇の歴史から僕らは学ばないといけないんだ。

 

 

歴史は繰り返すと言われる。

 

 

このような虐殺はどこかで繰り返される可能性は大いにある。

 

 

だからこそ、ここで亡くなった人々のことを忘れてはいけない。

 

 

未来に想いを馳せるとき、カンボジアのことを思い出さなきゃ。

 

 

より良い未来を作るヒントは歴史が教えてくれる。

 

 

だから歴史を学び、そして感じることが必要。

 

 

人は忘れる生き物。

 

 

何度も何度も、思い出さなきゃ。

 

 

大切なことを絶対に見失わないように。

 

 

この後、プノンペン市内のトゥール・スレン収容所にも足を運び、実際に使われていた独房や拷問の様子、そして受刑者たちの顔写真などを見学しました。

こちらもかなり衝撃的な場所になっています。

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是非、キリングフィールドと併せて訪れることをお勧めします。

 

長文お読みいただきありがとうございます。

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